[精一杯の愛をあなたへ!]





 小さな体で大きな紙袋を抱え込むように運ぶ。けれどその顔に荷物の重さに対する苦痛は微塵も見えず、自らの心の中にある高揚感が今にも爆発してしまいそうなほど、隠しきれない笑顔を浮かべていた。
 チョコレートの匂いが浮足立ったカラフルな石畳の道。そこをクラスメイトも認めるさすがの速さで以てあっという間に過ぎ去って、気付いた時には自分の部屋に飛び込んでいた。帰宅した安堵感に浸ったり、どきどきと高鳴る心臓の鼓動を抑えたりする余裕など今の彼女には無くて、荷物を持ったままそう広くはないキッチンの前に立った。
「……やりますのー!」
 甘い香りの立つ紙袋を床に置いてから、気合を入れるようにペシュ・ファーマーは声をあげた。

 二月十三日。世の人々がその甘い香りに心を躍らせる、バレンタインデーの前日。
 女の子が好きな男の子にチョコレートを渡すというのが一般的な習慣らしいけれど、ペシュには気になる殿方がいるというわけではなく、今のご時世流行っている所謂友チョコを明日のバレンタインデーで学校のクラスメイトに渡すという計画を立てていた。普段何かとおっちょこちょいで助けられることもしばしばある、それに対する感謝の気持ちも込めて、愛の大使らしく精一杯目一杯の愛を込めて、手作りをするつもりでいた。それに必要なものも一週間ほど前から準備していたけれど、居ても立ってもいられなくなって今日も追加で買い物を済ましてきたということだ。勿論、その量は普通の人からしてみれば業務用なのかと尋ねたくなるほど有り得ない量であって、既にペシュの周りには自分の身の丈程の紙袋が三つ程並んでいる。
 けれど彼女が料理の腕が立っているかと言われれば答えは、否だ。
 大体何をするにしても彼女の場合はそうなのだけど、気合は空回り。委員長気質で引っ張ろうとするけど、マイペースで個性的なクラスメイトは煙ったさを通り越してそれほど気にしていないレベル。一生懸命なのは誰もが認める。けど、結果が良好に動くことは案外難しい。
 用意したレシピは数種類。生チョコにドーナツにブラウニーにシフォンケーキ等々。気合は十分。――気合は。


「チョコが分離しましたのー!」
 板チョコを溶かそうと湯煎をしようとしたらチョコにお湯が入り。

「キャアアアアア油から火が出ましたの!!」
 ドーナツに挑戦しようとすれば盛る炎が踊り。ついでに周辺に灼熱の油が飛び散っていき。

「膨らみませんの……薄力粉を入れ忘れましたの……」
 オーブン内で殆ど変化を見せない焼き菓子。

「きゃああああ粉を散乱させてしまいましたの!」
 今度は間違えないと薄力粉をふるおうとして袋がひっくり返り。

「塩辛いですの! 砂糖を塩と間違えましたのー!?」
 ようやく完成かと思い味見をすればなんという王道を突っ走った典型的ミス。

「きゃーっオーブンが爆発しましたのー!! なんでですのー!」
 彼女の失敗に何度も付き合ってきたオーブンも遂にご臨終。南無。


 チョコレートの甘い香りに紛れて焦げ臭い匂いが充満する部屋の中で彼女はぺたりと床に腰を下ろした。今にも涙が出てきてしまいそうになりながら、ようやく煙が出なくなったもののあまりにも大人しくなってしまったオーブンに両手を合わせる。
「オーブンちゃん……ごめんなさいですの……」
 過剰な程心優しく、バッタのエピソードで有名な彼女は物であるオーブンにも勿論慈悲を忘れない。さすがに地面に埋めるという発想までは至らないけれど。
 ペシュは祈りを終えた後に肩を落として振り返る。彼女の失敗してきた数々の跡が現実として目の前に広がっている。努力の結晶といえば聞こえはいいが、残念ながらその努力はほぼ実っていない。それはもう悲しいほどに。粉で真っ白になった床。ゴミ箱から溢れ出ている包み紙。失敗作はもう置き場が無い状態。香りだけは立派に食欲をそそる。時計を覗けば既に夜になっていることをさしていた。
 オーブンが駄目になってしまった上、大量に用意しておいたチョコも今にも底をつきそうになっていた。
 前日じゃなくて、もっと前から準備しておけば良かった。
 ペシュは心の中で後悔する。オーブンが使えなくなればそれだけで随分作れるものは減る。ドーナツなんて火事が怖くてもうやれたものじゃない。上手く作ってピスタチオに渡して満面の笑顔を見たかったけれど、彼女の手に残るのは真っ黒焦げになったよくわからない物体だけ。
 何より彼女のモチベーションが限界に達していた。疲労が体に圧し掛かっていたところに畳みかけるようなオーブン故障の追い打ちによって、いくら普段元気いっぱいのペシュであっても、精神状態がふらついてどん底に突き落とされそうだった。
 ペシュは紙袋に手を入れ、中からラッピング用の袋をいくつか取り出す。ゆっくりと立ち上がり大皿の上にある、比較的上手くできた方である萎んだブラウニーを手に取る。少し大きめの正方形のそれを切り分ければ、ぎりぎりクラスメイトとマドレーヌ先生分は確保できるか。というか、もうそれしか方法が無い。
 深い溜息をついた。耳も羽も、しゅんと垂れ下がっている。
 明日、他の女の子達はきっと可愛くて美味しいものを用意してくるのだろう。そのことを考えるだけで思わず自分と比較して、更に落ち込んでしまう。いっぱいの愛情を込めて、喜んでもらおうとただそれだけだったのに、こんなことになるだなんて数時間前の彼女はほんの一抹も想像していなかった。自らの不器用さに自分で呆れてしまう。
 ああ、いやだなあ。
 ペシュはそれでもなんとかナイフを手に取る。せめて、切り分けるくらい上手にやろう、と。


 *


 バレンタインデー当日がやってきた。ペシュは自分と同じようなピンク色をした紙袋に、ブラウニーの入ったいくつもの透明な袋を入れてウィルオウィスプ魔法学校に登校していた。
 同じように登校している生徒にちらちらと目を配ると、どこかふわふわした雰囲気が漂っている。女の子の手にはいつもの荷物プラス特別な持ち物。隠しきれない愛情のこもった桃色の空気を、愛の大使であるペシュは敏感に察知する。本当にバレンタインデーなのだなあと実感する一方、自分の特別な持ち物は少しだけ隠しながら道を気持ちほど急いだ。


「ペシュ、おはよう〜」
 教室に入るとすぐ近くにいたアランシアが声をかける。
「ア、アランシアちゃん! おはようですの!」
 いつも通りを心がけて元気良く挨拶をする。
「はい〜プレゼント〜」
 至ってスムーズな流れでアランシアは手元のトートバッグから一つ小袋を取り出す。それがバレンタインデーのものであることは言うまでもない。ハートが沢山ついた可愛らしい袋に思わずペシュは自分のことを忘れて笑顔を膨らませた。
「ありがとうですの! 感謝ですの!」
「ハッピーバレンタイン〜」
 アランシアもやわらかい満面の笑みを浮かべる。
 そこに教室の真ん中あたりで話題に花を咲かせていたブルーベリーとレモンのいつものペアもやってくる。それに気付いたペシュはすぐに二人の方を向く。
「ブルーベリーちゃん、レモンちゃん、おはようですの!」
「おはよう、ペシュ」
「はよー。アランシア、あんたのクッキー美味しかったよ。やっぱさすがだよなぁ」
「あはは、ありがとう〜」
「おっと、何やら華々しい香りがするじゃないか」
 ペシュの背後から突然声がかかり、一同は一斉に声の主を見る。その場にいる誰より背の高い銀髪の少年、カシスがにやにやと笑みを含みながら女子同士の集まりに顔を突っ込む。
「あらカシス、おはよう。今日は早いじゃない」
 先程に比べ少しツンと針を髣髴させるような態度でブルーベリーが対応すると、カシスは相変わらず笑いを張り付けたまま、まあなと楽しそうに言う。
「お嬢様が何かくれるものが無いかな、と思ってね」
「カシス、そういうの男から求めると無粋ってやつじゃないか? まあいいや、ほら」
 同年齢であるレモンが首を突っ込み、手元に持ってた鞄から小さな黄色い袋を出して半ば投げるように彼に渡す。
「お〜さんきゅ。これ手作り?」
「まあね。ペシュもほら」
 同じものをペシュにも丁寧に差し出す。それを嬉しそうにペシュは受け取る。
「感謝ですのー!」
「あっペシュ、私もあるの。ちょっと待っててね」
「ブルーベリーのはね〜すっごく美味しかったよ〜! 私もブルーベリーみたいに〜お菓子作り上手くなりたいなあ〜」
「お世辞はいいの」
 白い頬をほんのりと赤くしながら、ブルーベリーは一度自分の席へと戻る。
「ちょっと、そんなところに溜まられると邪魔だよ」
 ブルーベリーの準備しているところを眺めていたところに外からまた声がかかる。
「よおシードル! 今日はなんといってもバレンタインデーだぜ」
「はいはい君の大っ……好きそうなイベントだね。それはいいからさ、早く中に入ってよ。通行妨害」
 華麗にスルーして呆れた声でシードルは高揚感の隠せていないカシスの背中を押すと、周辺にいた女子達もなんとなくばらけていく。
 ペシュはレモンと共にブルーベリーの傍まで来る。ブルーベリーは白い紙箱を取り出すと、それを開く。その瞬間にぱっと良い香りが広がり、ペシュは喜びよりも驚愕に顔を染め、息を呑んだ。
 箱の中にはふんわりとした印象を持たせたチョコレートスポンジケーキだ。シンプルではあるけれど見た目はお店で見るものにもひけをとらない。食べたらきっとチョコレートの味が滑らかに口の中をとろけていくのだろう、そんな想像を容易にできるような美しいものだった。
「すっすごいですのブルーベリーちゃん!!」
 ドキドキとしている心臓の鼓動を抑えきれず興奮した声音で言うと、ブルーベリーは更に頬を赤く染める。
「ありがとう。ごめんね、崩れちゃうしラッピングとかはせずに、このまま渡す感じになっちゃうんだけどいいかな」
 ブルーベリーは準備良く紙皿と小さな紙製のフォークを一つずつ手元から取り出し、ケーキを一つ乗せた。ペシュは先程もらったものを一度机の上に置き、感激に震えながらそれを受け取る。心なしかケーキが光り輝いているようにペシュには見えた。まるで魔法のようだと素直に感じた。
「本当にすごい……感謝ですの……! 食べていいですの?」
 今すぐ食べてしまう衝動を必死に堪えて一度訪ねると、勿論とブルーベリーは微笑みながら頷いた。
 いただきますと一声添えてから、ペシュは早速一欠けら口の中にそっと入れる。噛んだその瞬間ぱっと目を輝かせた。甘すぎず苦すぎず、程よい甘さがあっという間に口中に浸透していく。噛むたびにどんどん溶けていき、本当に手作りなのか疑いたくなってしまう。ただただ感動し、ペシュはとても言葉にできなかった。表情にその喜びは隠すことなく表れており、ブルーベリーも作った甲斐があったというものなのだろう、嬉しそうに満面の笑顔になった。
「美味しそうに食べてくれて、嬉しいわ」
「すごく美味しいですのびっくりですの! お店のケーキみたいですの……!」
「やだ、大袈裟よ」
「大袈裟じゃないよ、さすがブルーベリー。あたしのなんかとは大違いだ」
「レモンはもう少し丁寧にやったら良いと思うよ」
 はいはいと失笑しながらレモンは肩を落としガサツに髪を掻く。ふふと上品に笑ってブルーベリーは再びペシュの方を見る。ペシュはレモンの言葉に少しちくりと引っかかりを覚えながら、大切に噛みしめるようにケーキを食べていた。
「昨日、私の家でレモンと一緒に作ってたの。でもレモン料理あんまり得意じゃないから、もう色々面白かった」
「やめろよ恥ずかしいなあ」
「だって、ほんとに笑っちゃったんだもの。塩と砂糖を間違えるなんて、私本当にやっちゃう人がいるなんて思わなかった」
 ペシュはケーキを食べるのを一瞬止めた。心臓がどきりと跳ねるのを感じた。
「あああもう恥ずかしいなあ! いいじゃん最終的にはうまくできたんだからさ!」
「ごめんごめん」
 口を尖らせるレモンに冗談めいた風にブルーベリーは謝る。
 ペシュは同じように笑うことができなかった。塩と砂糖を間違える、それは昨日まさにペシュもやってしまったことだった。他にもたくさん失敗をした。オーブンまで壊した。その苦々しい記憶が一気に蘇る。最終的に出来たのはお世辞にもうまくいったというものでもない。ペシュは目の前にある食べかけのケーキを見つめる。本当に美味しいケーキである。ブルーベリーの愛情がこもっている分、ペシュにとっては売っているケーキよりも美味しく感じられた。こんなのを作ってみせるブルーベリーが羨ましくて、自分を顧みると恥ずかしくて穴があったら入りたくなってしまう。でも、皆がどんどん渡している流れの中で出さないわけにもいかない。
 ふうと息を吐きながら、ケーキをとりあえず食べきることにする。ブルーベリーとレモンは昨日のことに関する会話を楽しんでいた。とてもそのきらきらした空間に入っていく勇気はペシュには無かった。
「……ごちそうさまですの! 美味しかったですの!」
 満面の笑顔を作ってお礼を言う。必死に自分の中の嫉妬が表に出ないようにする。
「ありがとう。こんなに喜んでもらえると、やっぱり嬉しい」
 ブルーベリーはペシュの持っていた皿とフォークを引き取り、噛みしめるように微笑む。ペシュの心の奥には気付いていないようで、そこにペシュは安堵した。けれど隠しきれる自信も無く居たたまれなくなり、ペシュは焦る頭を無理矢理整頓させてこの場から出る口実を探す。
「……私、一度荷物を置いてきますの!」
 少しぎこちない声でペシュは言って、机の上に置いたアランシアとレモンのプレゼントを取って逃げるようにその場所から離れた。


 ――どうしよう。
 ペシュは一番端っこの席に座り、ピンク色のその紙袋の中身を覗く。まだ誰にも渡していないそれを、人前に出すのがどうしても躊躇われた。アランシアとレモンはそれぞれチョコクッキーと生チョコを用意していた。どちらも綺麗な見た目で、まだ食べてはいないけれどきっと美味しいだろう、簡単に想像できる。
 一人、ペシュは頬を赤くする。耳まで熱くなってしまいそうだった。恥ずかしい。恥ずかしい。皆良いものばかり、しかもブルーベリーのケーキを見た後で、どうしてこんなの出せるだろうか。けれど出さないわけにもいかない。ぐらりぐらりと揺れる心。どうしたらいいのか分からなくなって、ただただペシュは俯いていた。風船のように膨らむ羞恥と嫉妬、惨めさとでじんわりと目頭が熱くなってくる。
 ――どうしよう。
 本当に泣き出してしまいそうだった。過剰と思われるかもしれない。けれど彼女にとっては、愛に生き愛を皆に届けて皆に喜びを広げる愛の大使である彼女にとっては死活問題に思えたのだ。実際、愛は十分にこもっているのに。それでいいのに、ペシュは勇気が出せなかった。


「……ねえ」
 突然声をかけられ、ペシュはぱっと顔を上げた。じんわりと滲んでいる視界に慌てて涙を腕で拭うと、目の前に固い表情を浮かべたガナッシュがいた。
「ガ、ガナッシュちゃん! おはようですの……!」
「おはよう。……どうかしたの」
 目ざとく突っ込んでくるガナッシュにペシュはびくりと肩を震わせる。
「なっ何もしてませんの! 大丈夫ですの……ガナッシュちゃんこそどうしましたの?」
「別に……ペシュがそこに座ってるの珍しいから」
 そこでペシュは自分の座っている場所は、いつもガナッシュが座っている端っこの席であることにようやく気が付いた。教室に指定の席は存在せず、やってきた者から順番に座っていく早い者勝ちの法則だ。いつもペシュは身長が低いこともあるが、生真面目に一番前、それも黒板の真ん前の席に座っており、ガナッシュはこの一番後ろの一番端の窓際の席が定位置だった。
「ご、ごめんなさいですの! どきますの!」
「いや、わざわざいいけど」
「どきますの!」
 慌ててペシュが席を立つと、その勢いで持ってた紙袋がひっくり返ってしまう。思わずペシュは声をあげた。お世辞にも見た目が良いとは言えない潰れたようなブラウニーの入った透明の小袋が床に散乱する。
「あっあああ」
 顔から火が出そうなくらいだった。自分から墓穴を掘ってしまった。ただでさえ形が悪くて恥ずかしいのに、ガナッシュの前でこんな形で披露することになるだなんて。逃げ出してしまいたかったけど、ペシュは反射的に慌ててそれらを拾っていく。幸いそんなに被害が広まったわけではなく、すぐに集めきって袋の中に戻していく。
 しかし、そのうちの一つをしゃがみ込んだガナッシュは一つ拾い上げていた。それに気が付いた瞬間、ペシュははっと顔を上げた。不本意な形で受け取られてしまった。取り上げることなどできない。どうしよう。焦燥が走る。本当に涙が零れ落ちてしまいそうなほど、彼女の目は潤んでしまっていた。
「その……それは……ガナッシュちゃん……」
「バレンタインデー?」
 怯えて震えたペシュをそっと撫でるような、優しい声だった。
 ふと固まったペシュは震える唇を必死に抑えながら、一つ僅かに頷いた。
「もらっていいの?」
 尋ねられた時、ペシュは思わず躊躇し数秒の沈黙を置いた。決して愛の告白というわけではないけれど、やっぱり恥ずかしかった。きっとガナッシュもいくつか既にもらっているだろう。ブルーベリーのケーキが頭の中を霞める。口の中にはまだあのとろけた甘さが残っている。甘くて、ほろ苦い味が。
 けれど、ここまで来て駄目と言うわけにもいかなかった。そもそも、渡すつもりで持ってきたものなのだ。
 ガナッシュはペシュが返事をくれるのを優しさを携えた表情一つ変えず、根気強く待ってくれていた。
 ペシュは意を結して、ようやく一つ大きく頷いた。
「ありがとう」
 ガナッシュは微笑んだ。そしてそれをじっと見つめてから、そのまま包みを開く。ペシュの心臓がまた大きく脈打った。ブルーベリーと違ってラッピングしたものだから、まさか目の前で食べられるなんて思ってもいなかった。
 すぐにそのブラウニーは外に顔を出す。ちょっと潰れてひび割れたそれはなんとか割れずに形を保っている。ガナッシュは一瞬ペシュの方に目を配る。
「いただきます」
 律儀に会釈をして、ブラウニーをかじった。
 ペシュは心臓の速まる鼓動に呼吸すら苦しくなりながら、ガナッシュの口元をじっと見つめていた。ガナッシュは相変わらず表情を殆ど変えなかった。感想も出てこない。それが不安を煽る。怖くなる。恥ずかしくなる。やっぱり駄目だったんだ、と諦めが訪れる。
 噛むのが終わり、喉がこくりと動いた。じっくりと味わいガナッシュは苺のように真っ赤になったペシュに視線を向けた。

「……おいしい」

 そう言って柔らかく笑った。
 ペシュは心がふっと軽くなるのを感じた。
「おいしいよ」
 念を押すようにガナッシュは繰り返し、残りの分も食べ始める。
「ほ、本当ですの……? 無理はしなくていいんですの……」
「本当だよ。本当においしい」
 ガナッシュは言葉数こそ少ないけれど、だからこそ選ばれた言葉には真実味と実感が表れている。彼の感情が染み込んでいる。
「ペシュの愛情が詰まってる感じがする。優しい味っていうか……食べやすいっていうか……」
 うまく言葉にしようとして丁寧にガナッシュはペシュに伝えようとしている。それを見ていたらようやくガナッシュのおいしいという感想が心からの言葉であることを信じられるようになって、ペシュはふわりと安堵感に包まれた。頬の赤味は少し引いていた。溢れ出そうな涙をしっかりと拭う。
 顔を上げるとガナッシュは手元のブラウニーを食べきって、ペシュを見つめていた。穏やかな微笑みを浮かべ、口を開く。

「ありがとう」

 彼は言葉少なに感謝の言葉を述べた。そう言いたかったのはペシュの方だった。いろんな感情が雪崩れ込んでくる。ガナッシュの不器用ながらも温かな心がしんとペシュに伝わる。それが幸せで、幸せで、まさに愛情を感じて。

「……愛ですのっ」

 ようやく見えた彼女らしい笑顔が、その場に花開いた。







fin.




ハッピーバレンタイン!ツイッターで流して終わりにするネタのつもりだったんですが良いって言ってもらえて調子に乗って文に起こしてみましたー!(※完成は15日)
ガナペシュちゃんですねーもう!超ベタな話ですよね書いてて思ったんですけどwwあんまり見ない組み合わせではありますよね。でもどっちも可愛いですよね。ペシュはすごく頑張り屋なんだけど空回りしちゃって、そこをうまくガナッシュがフォローするみたいなそんな関係がすごく丁度いいです。可愛く書けたかどうかが微妙!でも楽しかった!一気に書けた!
私の中ではブルーベリーが一番お菓子作り得意そうなんですけどどうなのかなーキャンディとかも出したかったのにね。キャンディは普通に女子力高そうですよね。