[魂のオーケストラ]




 メリハリがなく、曲が平坦でつまらない。
 それが、コンクールに出る度に私に下される評価だった。技術があることは認められても、中身が無いと一蹴される。
 舞台に赴きスポットライトに照らされながら顔を上げ、楽器を奏でる体勢に入る。熱いような冷たいような不思議な空間。高い天井は真っ黒に塗りつぶされていて、飲み込まれそうになる。突き刺さってくる誰かの視線。逃げてはいけない。楽譜に沿って狂い無く終えてほっと緊張から解放されても、私にはお決まりの言葉みたいにその評価がついて回った。キルシュをはじめとして、たくさんの友達と遊ぶのを我慢して音楽に打ち込み励んできても、何も変わらなかった。
 いつからだろう、それを受け入れるようになっていたのは。
 だからこそ、私は音楽とは他に魔法を学ぶようになったとき、音の魔法使いであることに理解は示しても、自分が「魂」のレクイエムを使えるようになったことは理解できなかった。抜け殻のような音を奏でる、つまらない音を流す私に、魂というその言葉はまるで正反対のように思われた。
 そんなの気にするなよ、といつだったかキルシュは笑った。彼はその頃、ホットグリルどころかコールトーストもまだ満足に収得できていなかった。今思えば、私が魔法の名前に対する違和感を吐露したところで、嫌みのようだったかもしれない。キルシュはそんなこと気にするような人ではなかったのだけれど。彼なりの励ましだったのか、それとも何も考えずに弾き出した言葉だったのか。火の魔法を司る彼は、いつも眩しく、しかし私の心を温かくしてくれる。それでも私の疑問が晴れるわけではなかった。
 魂とは一体なんだろう。
 私にとっての魂とは、音の魔法とは、音楽とは、一体なんなんだろう。
 ずっと、そのことで引っかかっていた。




 臨海学校から始まった冒険は、クラスメイトに大きな影響を与えた。勿論、私も例外ではなかった。
 クラスメイトといっても、当然のように仲のいい生徒同士がそれぞれで集まっていて、皆がみんな仲がいいかと言われるとそれは違うかな、というところがあった。活発で明るいキャンディだけどなんとなく壁があったり、ガナッシュもオリーブも一人でいることが多かったし、キルシュとセサミはいつも二人で耳がきんきんするほど騒いでいて、ブルーベリーとレモンはほとんどお互い離れないでいて、カシスとシードルもちぐはぐな性格なくせに不思議なことにいつも一緒にいて、ペシュは生真面目すぎてばたばたとしていて、……思い起こしても、それぞれの個性が光りすぎたせいなのか、どこかまとまらないところはあったように思う。一日を通して、ほとんど会話を交わさない人がいるのは、必然のことだ。クラスメイトというまとまり自体、マドレーヌ先生の授業を受けようと偶然集まった生徒の集まりだ。
 その私たちの絆を一気に繋いだのが、あの冒険だった。
 どこかで大人が……校長先生やマドレーヌ先生が見守ってくれているのを不思議と背中に感じながら、自分の足で歩き、自分たちの意志で進んだ、あの冒険だった。
 臨海学校前では見えていなかったそれぞれの悩みや不安、そして何より強さを共有した夏の日々。ありのままの私たち。ありのままの自分。

 あなたはあなたになるの。あなたの考えを持った、あなた自身になるの。

 最後の戦いの手前、マドレーヌ先生はガナッシュにそう告げた。ばらばらになってしまったパズルはもう少しで完成するところまできていた。ガナッシュだけが足りなかった。
 私の中にある、私の考えは、冒険を通して生まれた。
 時に憂鬱にすら感じていた音楽は、私をずっと支えてくれていた。魔法の形も、私の心も、最初からずっと音楽に包まれていたのだ。私にとって音楽とは、ただ単純に楽しむだけのものではなかった。

 私たち十六人さぁ…………みんな友達なんだよね。
 卒業したら、いろんな道に進んで、それっきり会えなくなるかも知れないけど、私はガナッシュのこと……みんなのこと…………絶対に忘れない。
 私も、パパやママみたいなミュージシャンになって、みんなに届くように、音楽を奏でるの。
 たとえ今日を最後に友達でなくなったとしても、今日の思い出は誰にも消せやしない!
 みんなつながってるんだよ!! みんなで世界を動かすんだよ!!

 私はそう叫んだ。私の言葉で叫んだ。
 誰も忘れないように、離れてもずっと繋がっていられるように、私は音楽を奏で続けるのだ。誰かの耳に届くたびにこの冒険を、友達を思いだしてもらえるようなそんな永遠の音楽を。
 私たちが共に生きていたことは、確かなものだから。
 消えるはずがない事実だから。
 みんながつながっているその事実は私の中の魔法を動かす。魂は震え、呼吸をする。息を吸う、吐く。スポットライトの下、心地良い空気が包み込んでくれる。誰もがいつも傍にいてくれる。ハミングの声が私の音楽を増幅する。世界に目を向ける。すっと顔を上げて、天井の向こうにある、雲の向こうにある蒼穹に向かって私は奏でるのだ。私の中に生きている思い出を糧に、みんなと共に、奏でるのだ。
 今なら強い自信を持って言うことができる。音の魔法に込められた言葉に、自分自身の意志を重ねることができる。
 届け、届け。
 みんなに届け。
 離れてもずっと繋がっていけるように。
 今日も世界を動かしている誰かの心に伝わるように。

 魂のオーケストラ。