[砂の涙]




「ほら、あそこでも歌ってる。世界のあちこちで歌が溢れてる」
「そうだね。皆心が躍っているんだよ。新しい日々の始まりに期待して、終わる日々にさよならを告げるのに悲しみを感じているのは私達ぐらいだよ」
 真っ暗な空の下は白い光がたくさんあった。普段は夜更かしをしない者も今日ばかりは徹夜をするのだろう。
 月の光は街の光のせいで一層おぼろげになっている。星は見えない。地上が明るいせいで。
 その街を見下ろしている二人は、空に浮かび上がって何か寂しそうな、そして憐れむような目をしていた。
 二人とも高校生くらいの顔立ちをして、片方は黒く長い髪の女の子、もう片方は同じく黒い短い髪の男の子である。
 驚くほど同じ顔をしている。勿論女の子と男の子という性の違いで多少顔つきは違うが、同じ人間が二人いるかのようだった。
 身長もほとんど同じで、暗闇によく映える白いローブを着ている。中の服は女の子は白のワンピースだが、男の子は黒いシャツに黒いズボンだ。
 外の気温は冬であることに加え夜中であるために急激に下がり続けている。その中で二人は裸足でいた。鳥肌は立っていない。
 強い北風が吹いている。が、二人の髪は揺れていない。二人の周りの空間を風が避けているのだ。

「二十一世紀が始まる」女の子は呟く。
「そう、もうあと少しだ」男の子は目を細める。
「二十世紀はとてもたくさんの生き物が死んでしまったね」
「たくさんの花や生き物が燃えた。人間も命を落としていった」
「たくさんの涙が流れた」
「僕らはそれをただ見届けていた。二十世紀の初めに生まれて、ずっと見続けてきた」
「二人でずっと、見てきたね」
「そう、ずっと見てきたんだ。全てはこれからの百年のために」

 男の子は女の子の左手を握る。温もりが二人の手を通して互いを包み込む。不安そうに女の子は男の子を見る。
 女の子は今にも泣き出してしまいそうなくらいに悲しい顔をしている。けれど瞳に涙はない。涙というものは二人に存在しない。
 彼等の耳にはたくさんの小さな音が聞こえている。全てのものの歌が耳に届く。
 それは風であり海であり花であり、人間であり虫であり猫であり鳥である、万物の歌だ。
 喜怒哀楽、様々な感情の込められた魂の祈り。目を閉じて神経を研ぎ澄ませれば地球の裏側の泣き声も探し出すことができる。
 全ての歌を、聞くことができる。
 それは最初こそ混乱の元だったが今では慣れてしまい、自分の意思で音を遮断することもできることを知った。
 歌を遮断し、隣の人の声にだけに耳を傾けるのだ。

「あっという間だったな。百年の時は」
「そうね。全て思い出せる。全部君が隣にいた」
「だけどこれからはそういう訳にいかない」
 繋いでいる手に力を込める男の子。眉間に皺が寄り、悲痛に心が歪んでいる。
「もうすぐさよならだ」
 真っ直ぐに空を行く言葉だった。女の子はそれを聞いて目を俯かせる。
 逆に男の子は上を見上げ、空を見る。遠くを見れば見るほど、漆黒が色濃く目に映る。下に視線を移せば眩い光が瞳を襲う。

「あと一分だって」
 女の子は囁くように言う。耳に届いたのだ。本初子午線の真上で0時がもうすぐ訪れようとしている。
 様々な言葉が世界を包んでいる。たくさんの人間がそれぞれの言葉で新年、つまり新世紀へのカウントダウンを行っている。
 もう新年を迎えた国もある。が、二人にとっての新世紀は二人が生まれたこの場所で始まる。
 百年前に同じ時間にこの世界に生まれた。その瞬間から全ての記憶が彼らの中にはある。
 男の子は身体を少し動かして女の子の方に身体を向ける。女の子もそれに合わせ、男の子と向かい合わせになる。
 もう片方の手もつなぎ合わせる。両手でできた小さな輪。二人の指先がおぼろげに白く光り始める。

「君は生を見届ける光として」女の子は言う。
「君は死を見届ける光として」男の子は言う。
「それぞれの居場所で、全ての万物の行き渡るところで見届けるの」
「それはとても辛いことだ。何があろうと魂に干渉することは許されない。ただ、魂が命の理に従って転生を行うのを見届けるんだ」
「私は死んでしまった魂を見届ける」
「僕は生まれる魂を見届ける」

 あと三十秒。地上の人間達の気分は最高潮に達していた。新しい未来へと世界が生まれ変わるその瞬間を待ち望んでいる。
 新世紀に立ち会うことができる喜びが溢れている。

「こんなにたくさんの声が聞こえるのに」
 女の子は泣いてしまいそうな震える声を出す。
「君の声だけは、これから聞こえなくなるんだね」
「それが定めなんだ」

 男の子は落ち着いた口ぶりで言っているが、手は震えている。白い光は消えることなく指先で在り続けている。
 二人の髪の毛がゆっくりと揺れ始めた。静かな風が彼等の周りを吹き始めていた。
 それからしばらく言葉を探すように二人は黙っていた。言いたいことは沢山あるような気がするのに、何を言えばいいのか分からない。
 女の子が先に口を開き、一度戸惑うように息を詰まらせてから、言葉を吐き出す。

「百年したら、また会えるかな」
「会えるさ、きっと。僕等の義務をやり終えた時、また会える」
「私達が別れた時、きっとそれまで別れていた光が出会うんだよね」
「そう、そしてまた百年後のために新しい命が生まれる。ずっとそれが繰り返されてきたんだ。これからもずっと」

 十、と叫ぶ声が真下から聞こえた。

「さよならだ」
 男の子は強く言い放つ。
「私、頑張るよ。どんなに辛くても」
「僕も。まあ、何を頑張るんだろうね」
 はは、と力なく笑う男の子。つられて女の子も微笑む。彼女の手の力が強くなる。決して離れまいとしがみ付くように。
 六、五とカウントダウンはどんどん進んでいく。進むほどに大きな声になっていく。それは叫びに近い。
「私達は二十世紀の生き物たちの生きている姿を見てきた。君と一緒に」
「今度はその始まりと終わりを見届けるんだ」

 三!

「さよなら」女の子の目に涙がたまる。

 二!

「さよなら」男の子の目から涙が零れる。

 一!

「大好きだよ」二人の声が重なる。



 その瞬間に繋いでいた手の光は砂へと変わっていく。光が手から腕へと進んでいき、女の子は金色の砂に、男の子は銀色の砂へと変わっていく。
 砂になっていく速度は速い。手から波紋が広がるようにどんどん光が広がっていく。
 地上はこれ以上となく歓喜が壊れた噴水のように噴き出していた。空は相変わらず黒く月は光っている。
 砂は細かく光り、風が二色の砂を別方向へと運んでいく。そしてどこかへ消えていく。
 二人は最後に笑っていた。その目から涙が溢れて、空から地上へと落ちる。
 瞳はずっとお互いを見続けていた。お互いの黒い瞳に自分と本当によく似た顔が映っている。
 それはゆっくりとかき消されるように砂へと変わっていって、全てが砂に変わるその瞬間まで彼等は目線を外そうとしなかった。

 地上へゆっくり落ちたそれが最後に光って、またどこかへ流れていった。煌めく砂となって。
 それは彼らが生まれて初めて流した涙だったもの。





 fin.




 POKENOVEL冬企画にて書かせていただきました。
 ちょっと詩的にしたかった。ひたすら話しているだけだから何が大変って描写することが少ないってこと。
 人ではないカミサマの子供達の話というつもり。生と死は正反対のようで、実はすごくイコールに近く似ているものなんじゃないかな、と考えて双子にしました。それでもやっぱり違うから、少しだけ違いを入れました。