[未来へ]
カノコタウン。爽やかな涼しい風が吹き抜け、柔らかな太陽の光が町を包み込んでいる……というのは外の世界の話であり、彼等がいるのは屋内。窓を開けていないが故に風は入っていない。
町の中央に家を持っている女の子、カナタの家にカナタと彼女の幼馴染であるチェレンとベルが訪問している。
彼女の部屋の小さな机に三人はついている。机の上にはたくさんの本やノートが無造作に散らばっていた。それのほとんどがチェレンの物である。チェレンはそのうちの薄い本を手に呆れた顔をして溜息をついた。
「もうさあ、何度言ったら分かるのさ」
「う、うーん」
「まあいいや、次いくよ。炎に強いタイプは?」
「はいはいっ地面と水と氷!」
「ベルそんな自信持って言わないの間違ってるから! なんで氷が入るのさ!?」
チェレンは少し怒りながら思わず叫んでしまう。その後右手を額に当て再び大きな溜息をつく。今日彼は何度溜息をついたのだろうか、数え切れないほどである。
指摘されたベルは口を尖らせる。
「だって氷だって溶ければ水になるよお」
「はいはい。氷はむしろ炎に弱いんだよ……博士からポケモン貰うことになってるのに、こんな調子じゃ二人共旅なんてまともにできないよ」
「はーあ、チェレンと脳を交換できたらいいのに」
持っていたシャーペンを置くとカナタは呟いた。
「それは僕が困るから」
すかさずチェレンは早口で切り返す。
「全部とまではいかなくても、その半分……いや、四分の一だけでもさ。四分の一は私と交換して、四分の一はベルと交換するの」
「あのねえ」
その続きを言おうとしたところでチェレンは口を紡いだ。何と言おうと屁理屈で押し返されるのが目に見えている。それは彼にとってメンドーなことなのだ。
ベルは机の上にある分厚い本を一つ手に取り、ぱらぱらとページをめくる。本はポケモンの写真や絵が並べられている。ベルのお気に入りの本だった。
あるページでベルは手を止め、机に置いて頬杖をついた。それに気付いたカナタとチェレンは開かれたページに目をやる。
そこに載っているのは、カノコタウンを抜けた場所にある一番道路のパノラマ写真だ。丁度今の季節である春の写真で、桃色の花びらが風に乗って流れている様子は今にも動き出しそうだ。そして夕方の美しい夕日の光をバックに、草むらから顔をのぞかせているポケモンの姿。
この写真を気に入っているのはカナタもだ。いや、一番気に入っているのはカナタだろう。カナタは美しい風景が大好きで、それは周りも深く了承している。カナタはその写真を見て幸せそうに顔をほころばせた。
「明日なんだよね」
ベルは呟いた。その言葉にチェレンは大きく頷く。感慨深い思いに三人は浸り、しばらく声も出さず沈黙が流れた。
「この日をずっと待ってた」
チェレンは沈黙を静かに破る。その口元は笑っていて、大きなエネルギーを自身に感じわくわくが押さえられなかった。
明日、彼等はカノコタウンを発つ。
この町に住むアララギ博士というポケモンを研究している女性にポケモンを貰い、旅に出るのだ。
旅の話はそれぞれ親から小さいころから聞いており、ずっと前から憧れていた。いつかパートナーを持ち、広大なイッシュ地方を歩いていくことを。どんなことがあるか分からない、それが不安で、しかし何よりもそれを大きく包み込む期待が彼等の胸を破裂させるのではというぐらい膨らませる。
こんな写真では我慢できない感情。写真などではなく、自分の目に心に焼き付けるのだ。一秒一秒をしっかりと噛みしめるように旅をする。
期待せずにはいられないのだ。
「がんばろーね」
カナタは笑った。ベルとチェレンはほぼ同時に頷く。
明日から、彼等の物語は始まる。
想像していなかった感情を知って、想像していなかった出来事に出会い、そしてそれに悠然と立ち向かっていく物語が。
それをまだ、知らない頃。
fin.
ポケモンBWで、主人公を含む三人が旅立つ前日の話です。
大きな期待と少しの不安を持って向かう先。それがまさかとんでもないことになるなんて誰も想像していないでしょう。
感じた事の無い大きな不安をこれから味わうことになるけど、大人になるその前の、まだ子供の頃の話。
さっと書いた文ですからそのうち静かに修正するかもしれません。
この調子でBWの創作をしたいですね。Nを出したいっ