Page 54 : アイスクリーム サプライズ





「でも、まさかそこまで重症だとは思ってなかったな……」
 圭はぼそりと呟くと、ラーナーも同意して何度か頷く。
「俺もだよ」
 ひどく落胆した声でクロが言うと、他二人は思わず押し黙る。この場に居る誰よりも衝撃を受けているのはクロだ。三年、旅を共に続けそしてその殆ど隣に居る状態で過ごしてきた一人と一匹。ウォルタにおける戦いで毒を抱えたことに敏感に気付き、落ち着いて処置したことにも見られるように、彼はポニータの体調には人一倍気を遣っている。それなのに、今回ポニータの状態には気が付けなかった。気が回らなかった。想定以上の出来事がまた彼の心を追いこんでいく。
 クロは言葉にならない悔しさで頭の中がまっさらになってしまっていた。思考が停止したまま動かない。思わず髪を掻きむしりたくなる。けど、落ち込んだ腕は上がらない。溜息が零れる。どうしてだ。どうして気付けなかったんだ。自問を繰り返す。
「……クロ、まだ入院が決まったわけじゃないでしょ」
 かける言葉に迷った末のラーナーが発した声に、クロはふっと顔を上げた。ラーナーは唇を噛む。彼の姿は痛々しかった。いつもの冷たい力の籠った表情は気が抜けて、不安げに怯えているようにラーナーの瞳には映った。
 しっかりしなきゃ。
 自分を鼓舞する言葉が胸の奥で光る。
「大丈夫だよ。ポニータは、大丈夫」
 沈んだ空気には少々不釣り合いに口角を僅かに上げながら、クロを励まそうと丁寧に彼女は語気を強める。
「根拠が無い、そんなの」
 首を横に振りながらクロは力無く言う。
「ポニータの一番傍に居たのは、クロなんだよ」
 無理矢理作った微笑みを彼女は崩さない。衝撃的な出来事でも、異常な程に掻き乱されている様子を見るとかえって周囲は冷静になったりする場合もある。しっかりしなきゃ、ラーナーは心の中でもう一度呟く。しっかりクロを支えなきゃ。
「そりゃあプロの先生だけど、今初めて、一瞬ポニータを診ただけなんだよ。大丈夫だよ。クロが一番解ってるんだから、クロが信じてあげなきゃ。ポニータは大丈夫だって、さ!」
 ぱん、と音が響く。クロの丸まった肩をラーナーが叩いた音だ。
 驚いたように目を丸くしてクロはラーナーの顔を見る。今まで虚空を見つめて生気の無かった深緑の瞳は、意識を取り戻したかのように焦点を合わせた。周囲は敏感に様子の変化を感じ取り、光が宿った様子にこっそりと胸を撫で下ろす。
「ラーナーの言うとおりだ。お前がそんな落ち込んでたら、ポニータなら確実に蹴飛ばすぜ!」
 圭が水を得た魚のように先程とは一転して明るい調子に戻って言うと、クロは力無く失笑する。丸い瞳を携えて、失言したり落ち込んだ時に、容赦なくその硬い蹄で足を踏みつけたり蹴りを繰り出してきた、元気なポニータの姿が彼の脳裏に思い浮かぶ。今は居ない、その事実が改めて重く圧し掛かるけれど、代わりに激励しようとする存在がある。
 そうかもな、ぼそりと呟いたところを見る限り動揺した心は少しでも和み、先刻より上向きに傾いたようだ。
 とはいったものの、医者に疑われる程ポニータの怪我の現状が良くないという現実に変わりはない。複雑な面持ちでクロは改めて椅子に体重をかけ、慎重に呼吸をした。どこか弛んだような空気が肺を循環する。まだ確定したわけじゃない。きちんとした検査が終わるまで、過剰に憂鬱に沈んでいる場合ではない。励まされていることに気が付くと逆に情けなさも感じる。ポニータやアメモースがいたにしろ、ずっと一人で続けていた旅。こうして旅先で直接身近に人に声をかけられるようなことは殆ど無かった。確かに今、クロはそれに救われた。
 ――弱くなったな。
 クロは小さく心中で吐露した。自分が想定している以上に自分は落ち込んでいるようだ。
 病院の中を人とポケモンが循環していく。時間が経つと三人丁度座れる程に席が空き、だらりと時間は過ぎていく。
 十分程過ぎた頃だろうか、先程診察室に吸い込まれていったクラリスがほんのり微笑みを浮かべながら待合室に姿を現す。大切そうに優しく包み込んだ手の中には、ただのモンスターボールではなく、黒と白を基調としたあまり世間で見ることの無い種のボール、ハイパーボール。肩に乗ったスバメも身を乗り出しそのボールをじっと見つめている。そのまま真っ直ぐに受付に向かい、いくつかの業務を進めていた。
「……ありがとうございました」
 彼女はそう受付の女性に告げた。相手はにこりと笑う。
 それからクラリスは振り返り、不安げな色を見せながらちらとクロ達を見やる。
「大丈夫ですか」
 クラリスがゆっくりと歩み寄ってから尋ねると、ラーナーは僅かに頷いた。
「あの、クロ……さん」
 緊張した風に声をかけると、クロは顔を上げて正面からクラリスを見る。深緑の瞳に映し出されたクラリスはまた途端に頬を赤く染めながらも一呼吸を置いて、手の中にあるボールに力を込める。
「この子……エアームドも入院していたんですけど、今日退院で……なんと言いましょうか、大丈夫ですから! 必ず元気になりますから!」
 少々早口で急き立てるように彼女は言う。真っ赤になった顔は、頭の中が空っぽになっているのをシンプルに表しているかのようだった。上手い言葉を見つけようとする焦りと混乱、そして高鳴る心臓の音によってクラリスは充満している。
 そんな目を回しているかのような彼女に対してクロが抱いた感想は、自身への嫌悪だった。情けない、と。
 つい一時間程前に出会った相手に心配され、励まされている。鏡を見ない限りクロの顔はクロ自身に見えることはないけれど、彼が予想している通りの様相をしていた。頬は重りでも付けたかのように垂れ下がり、目尻に力は無い。ホクシアの事件の後でのリコリスで見せた脱力の姿のようだった。
 今の自分を支えているのは確かに周囲の人たちで、それも彼はよく解っていて、だからこそ力が出ない自分の心境に腹が立つのだ。こんなんじゃ、だめだ。気丈に振る舞わなければ。これ以上、情けない姿を見せてどうするんだ。見ないでほしい。見るな、見るな。
 クラリスのじっと向けてくる視線に、クロはふっと息を吐いた。見るなという心中をはっきり告げるのは気が引けたが、代わりの言葉はなかなか出てこない。
「……ありがとう」
 気持ちがうまくこもらない社交辞令のような弁ではあるけれど、その一言で一気に緊張が解れたのか、クラリスは安堵の笑顔を浮かべて俯いた。込み上げる嬉しさを必死に押さえつけようとしているように、唇をきゅっと引き締めている。一方のクロは、視線が逸れたことに静かに安堵する。
 ただ、不器用な調子ながらもクロが一度嫌悪感を見せた他人に対して感謝を口にしたことに驚いたラーナーと圭は、思わず二人共お互いを見合ってしまうのだった。


 *


 ポニータの検査には時間がかかるようで、気分の乗らないクロを半ば無理矢理ラーナー達は連れ出した。外は鬱陶しいほどに照りつける太陽で気温が上昇していて、中の冷房の効いた環境との差だけで体に疲労が上乗せされる。
 全ての業務を慌てて終わらせたクラリスも追いかけるように後から来る。もしかしてすぐにどこかへ行ってしまうかもしれないという不安が彼女を焦らせたけれど、案外彼等は病院の前でのんびりと立ち往生していた。思わずほっと胸を撫で下ろす。
「とりあえず気分転換だろ、こういう時は」
「そうだね」
 圭が手を頭の後ろで組みながら言うと、ラーナーは頷いた。
「とは言ったものの俺ら来たばっかりで何も知らねえしな。俺、折角来たからいろいろ回ってみたいな」
「結局、そういうことか」クロは呆れかえった風に溜息をつく。「観光旅行をしてるんじゃないんだぞ」
 むっと少し顔をしかめ、圭はクロに振り返る。
「分かってるけどさ! こちとらずうう……っとリコリスにいたんだぜ。他の町に無関心、てなわけにもいかないわけだ」
「あれだけ出るのを渋ってたのに、よく言うよ」
 溜息とクロの口から共に出てきた皮肉は圭の胸に突き刺さり、反射的にクロを睨みつける。まだリコリスを出たばかりの圭には、繊細な扱いが必要な話題だった。
 明るく盛り上げようとしていた圭が苛立ちを見せた瞬間、一瞬で空気が険悪な雰囲気に呑み込まれる。
 慌てたラーナーは打破するために二人の視線の間に割って入り、切り替えを示すかのように一つ二つと手を打った。
「まあまあ、ほら、私はいいと思うよ観光!」
 瞬間、一歩身を引いていたクラリスの頭が一瞬にして回転する。ここだ、彼女の思考回路は叫ぶ。直後には声をあげていた。
「私、ご案内致します!」
 ラーナーのフォローに突如として飛び乗ったクラリスの発言。誰も予想していなかった出来事だった。当然、一気に彼女に視線が集まる。
「キリの観光……任せてください!」
 高揚した気持ちを発散させ、力強く拳まで握る。
 それぞれの表立った反応は面白いように分かれていた。ほんの僅かに表情に苦味を加えたクロ、予想外とでも言いたいかのように驚嘆の視線をクラリスに向けるラーナー、しかしそれ以上に驚いているように、素っ頓狂な声をあげて思わず彼女の肩から落ちそうになったスバメ、唯一子供のようにらんらんと目を輝かせた圭、といったように、感情の動きがそのまま表れているのが見て取れる。
 バランスが崩れたスバメを慌ててクラリスは抑える。スバメは何度も彼女に訴えかけるように鳴くけれど、クラリスは大丈夫大丈夫と小さく呟きかけた。いやいやいや大丈夫じゃないでしょう、そんなスバメの訴えが聞こえてきそうだ。しかしスバメは本意でないように顔を歪めながら、クラリスの圧倒感に負けて押し黙る。それを確認すると、クラリスは顔を赤くしながら続ける。
「そういうことではちょっとはお力になれるかもしれません、ので!」
「心強いな、行こうぜ!」
 急に語尾にちょっとだけ自信が無さそうな色を混ぜた、クラリスの勢いのみの言葉に圭は乗り気になる。
 誰もが気にするのはクロの動向であり、視線は当然のように彼に集められる。しかめ面を貫いているクロは深い溜息をついた。
「嫌だ」

 その直後、彼の後頭部に放たれた打撃の音が響いた。


 *


「雲無し風無し太陽サンサン、いや〜いい天気とはまさにこのこと! そうは思いませんか藤波黒くん!」
「気持ち悪い。それと痛い。一応怪我人」
 ばしばしと背中を叩く音が響き、クロは相変わらず拗ねた顔つきで圭にはっきりと毒づく。数分前に後頭部を殴られた恨みは引きずっているらしい。
「悪い悪い!」
 言葉と表情は裏腹なもので、圭は別段悪びれた風も見せずむしろ爽やかに笑ったまま手を下げる。圭自身も先程クロに苛立たされた鬱憤があったのだろうが、今はそれを晴らし満足したようだ。
「大体、観光なんてしてる暇無いのにどうしてこう連れてこられて」
「四の五の言わないの! 今、なんていうの、色々やったところでさ、きっとクロ集中なんてできないでしょ」
「そんなこと」
 ない、と言おうとして、彼は語尾を押し殺した。冷静になってみると彼の頭の中は白いままで、思考は空に消散するばかりである。黒の団、身に受けた傷、ポニータの容体、様々な出来事がたった一人の少年の背中に乗りかかり過ぎた。彼は随分と、疲れていた。
「……でしょ?」
 ラーナーは微笑みを浮かべる。ちょっとだけ勝ち誇ったような語気。
 言い返すこともできないクロは、逃げるように目を逸らすだけだった。
「あっあれなんていうポケモンだろ」
 クロから視線を逸らして再び正面を向いた時、ラーナーは人差し指を上げる。隣に位置していたクラリスが合わせるようにその先を追う。
「今歩道橋の上にいるポケモンですか? あれはポッポですね。最近見なくなりましたが、もしかしたら伝書鳩の役割を果たしている子かもしれません」
「伝書鳩、ですかあ」
「ええ。まあ……」クラリスは一呼吸置く。「電子機器が発達してきた昨今でこんなアナログなこと、めっきり減ってしまいましたけどね」
 視線の先にあるポッポは、懸命に羽ばたかせてきた小さな翼に小休止を与えるように、白い歩道橋の手すりに足を預けていた。よく目をこらしてみれば、その足には小さな筒が括りつけられている。それが、クラリスの伝書鳩であろうという予想が当たっていることを物語っていた。
 横断歩道の信号が変わるのを待っている彼等の発言にはどことなく気怠さが見える。圭の発言通り雲も風も無い日本晴れの陽気は、昼下がりとなれば破壊力が違う。照りつける日差しが容赦なく頭を焼き、汗も噴き出してくる。白く塗られた歩道は太陽光をいかんなく跳ね返し、眩しさを増す。
 信号が変わる。人の群れは歩みを始めた。
 相変わらず無言で抵抗するように渋り続けているクロの後ろに回り込んで、ラーナーは背中を無理矢理押す。
「ほら、行くよ!」
「そんなことしなくたって歩くから」
 嫌がるようにクロは歩調を早める。ラーナーは笑みを口元に浮かべ、またその後を追っていく。
 その様子を後ろ目に見るとちょっとだけクラリスは唇をすぼめて俯いて、しかしすぐにぱっと顔を上げる。
「ええっと、確か」
 信号を渡った後は十字路を左に曲がる。案内を宣言したクラリスはしかしどこか覚束ない足取りで道を辿っていく。と、見兼ねたスバメが彼女の肩を離れ、率先するようにちょっと前に出て羽ばたき始めた。彼女の顔を見て大きく頷くと、すいと緩やかに飛行する。クラリスはそれを見て自信を持ったかのように、歩調は一定のテンポを刻み始めた。
 改めてキリの町中を観察すると、全体に白い町だ、と彼等は感想を抱く。歩道も、建物も、白を基調としている。反射光が眩しいのがキズだが、爽やかな印象を与える。その中で、窓に飾られた花の枠や、道沿いにのびる花壇などに植えられたカラフルな花々の色が際立つようで、可愛らしい。そしてまた、鳥ポケモンが低めの天井の上を飛んでいく。
 と、クラリスははっと思い出したかのように赤い鞄の中を探り、黒縁の眼鏡を一つ取り出す。それをさっとかけてみると、眼鏡が少し彼女には大きくて、少々不格好な様相にも見えた。
「目、悪いんですか?」
 後ろからラーナーが不思議に思って尋ねる。
「え? あっはいそうです」
 慌てて早口で返し、愛想笑いで留める。その曖昧な言い方が引っかかったものの、聞いてはいけないとでもいうような何らかの圧力を察知して、ラーナーはそれ以上の言及はしなかった。
「ところで、これからどこに行くんだ?」
 圭が声をかけると、ようやくクラリスは行先を告げていないことに気が付く。
「今日暑いでしょう? だから観光に乗り出す前に、アイスクリームでもいかがかと思って。この辺りに美味しい店があるんですよ。丁度小腹も空いてきたころじゃあありませんか?」
「いいな!」「いいですね!」
 圭とラーナーが喜びの声をあげる。直後クラリスは満足そうに笑ったものの、ただ一人表情をほとんど変えないクロに気が付いて不安そうに彼の顔を見つめる。
「……アイスクリームは苦手でしょうか?」
「気にしないでください。そのうちきっと気分も乗ってきてくれると思いますから」
 ラーナーもそれなりの期間クロと共に過ごしてきたこともあって、慣れた感覚を持たせながらクラリスに言う。
 でも、と口をすぼめるクラリスだったけれど、圭とラーナーが乗り気になっていることもあり、複雑な表情で頷いた。
「なんか食った方がいいさ。そうすれば意外と楽になれるからな」
 ラーナーは圭の言葉に小さく同意した。


 先行しているのがスバメであるが故にクラリスの案内というよりはスバメの案内で一向は歩を進めていくと、目当てであるアイスクリーム屋が目に見えてくる。白と空色の爽やかなストライプ柄の屋根が目印で、スバメが率先してその前に来て目的地に辿り着いたことを声をあげることで提示した。
「あそこですか?」
「はい!」
 ラーナーより少し身長が高いクラリスだけれど、聞けば恐らく誰もが自然と笑みが零れるような嬉し気な返事に、ラーナーは思わず可愛いと心の中で呟いてしまう。
 店の手前まで来ると、アイスクリームの他にケーキやパフェなども提供しているようで、ショーウィンドウには色とりどりなお菓子が並べられている。そのお菓子の飾りつけや店内のきらびやかな様子にはどこか上品な香りが漂っていた。大きなガラスの向こうでは多くの人が談笑しながらそれぞれに幸せな顔でデザートを頬張っている。
「混んでるなあ」
 ラーナーは苦い表情を浮かべる。外から店内の大きな置時計に目を配らせてみれば、なるほど丁度おやつを食べるにはちょうどいい三時を回ろうとしているところだった。
 案内を終えたスバメは再び定位置であるクラリスの肩に足を下ろし、ほっと一息つく。
 ぎりぎり屋根の下の影になる部分に四人共押し入った。
「でも美味しそう!」
「高いな」
「うわほんとだ、たっけえ!」
 ラーナーの歓喜の声の直後、冷静にクロが感想を漏らす。少し遅れて圭が思わず大きな声をあげた。そしてラーナーも現実を知って思わず顔を引きつらせる。
 クロや圭の言う通り、旅の一行が予想していた額よりも一段高い値段が設定されているのが、ショーウィンドウを見ることで分かる。飾りつけやトッピングなどで跳ね上がるのだろうか、いずれにせよ、彼等の知っているアイスクリームに対して桁が違う。可愛らしい屋根の柄とは裏腹に、店内も店を訪れている客層も、旅人とは一線を張ったものがある。時刻を確認した置時計だって、よく見れば丁寧な木彫りと金の装飾がなされ、大きさも人の身長を悠々と超えた高級な品であるように見えた。
「なんでアイスなんかでこんな高くなるんだ、何に金かけてるんだ?」
 圭の戸惑いの言葉にクロやラーナーは静かに同意する。勢いはどこへやら、賛成していたラーナーや圭にもさすがに表情に諦めの色が染まっていく。
 それを見たクラリスはしまったとでも言いたそうに唇を歪め、少し考えた後、はっとまた顔を明るくする。
「……では私が皆さんの分のお金をお出ししますから!」
 静寂。
 数秒間、ぽかんと時間が過ぎる。
 それぞれ我に返った瞬間、クラリスの仰天発言に驚愕の視線を突き刺す。とても言葉が出ない。しかしクラリス本人に失言したという意志は見えず、むしろ本気になっているようで瞳はらんらんと光っていた。
「私、お金はあるので御心配なさらないでください!」
「いや、そういう問題じゃ」
「ここまでするなら俺、いいから!」
「いいえ、折角の御縁ですから」
「いくらなんでも申し訳ないですよ」
「本当にここは美味しいんですよ、一押しなんです! 折角キリにいらっしゃったのですから食べるべきです!!」
「え、えぇっと」
「いいですから! ここで少しお待ちください。テイクアウトなら恐らくすぐだと思いますから!」
 圧倒し続けた末にクラリスはひらりと翻して店の中へと入っていってしまう。空回りにも似た勢いはついたら最後、暴走列車のように止まることを知らない。残された三人は唖然と彼女の後姿を見送るしかなかった。
「……金銭に困ったことがないんだろうな」
 クロはぼそりと呟いた。
「あの言葉づかいにしろ、ちょっと常識外れなところにしろ、おかしい。余程のお嬢様か」
 お嬢様、の部分を妙に煽る言い方に、ラーナーは引っかかりを覚えた。ワンテンポ遅れて、常識外れなんて誰が言えた台詞だろうかと心の中でぼやく。
 彼女が満面の笑みを携え、本当に人数分のカップに入ったアイスクリームを紙袋に入れて戻ってきたのは、数分後のことだった。












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